言葉にあらわれる態度を読む

言葉遣いはその人の内面が反映されているし、他者に対する敬意があらわれるので、言葉遣いは綺麗なほうがいいなぁと思う。

ただし、綺麗な言葉でも正直乱暴だよね、と思うこともあります。

 

最近は ” 言葉の選び方や人への伝え方 ” に対して、ものすごく考えるようになったのです。カウンセラーとして活動するようになって ” 言葉にあらわれる態度 " のようなものを強く読み取るようになりました。

 

例えば、

自分を受け入れよう。自己受容しましょう。

自己肯定してあげよう。

自分を大切にしてね。

 

…などの言葉はブログや文章でもよく使われているし、心理学やスピ系の世界では当たり前のように言われる言葉です。

 

こういった一見相手を思って言った優しく映る言葉を、言いっぱなしの態度で発している人と、「自己受容していくためにどんな方法をとればいいか一緒に考えましょう」という先に繋がるような建設的な態度で発している人は、やはり印象も伝わり方も全く異なるように思います。

 

言いっぱなしの言葉に乱暴さを感じる

最近、一括りで大雑把に表現することが良いことなのか?と考える時間が増えました。

 

「自分を大切にしてね」

人には自分を大切にできている部分もあるし、できていない部分もある。

忙しいとき、余裕があるとき、タイミングだって関係している。

 

自己受容だって、自己肯定だって同じことで、

人にはできている部分と、できていない部分がある。

 

「自己受容しましょう」「自己肯定してあげましょう」「自分を大切にしよう」なんて大雑把な言い方をすると、人によっては全てができていないと勘違いしてしまい、不安にさせることもある。

 

「自分を大切にできていないのではないだろうか?」とネガティブな方向へ逆に引っ張ってしまう可能性もあるので、丁寧に説明することすらしない(できない)なら、このような言葉は乱暴なだけで使わなくていいとすら思えてしまう。

 

わたしがカウンセリングをする際は、言いっぱなしにせずに「○○していくにはどうしたらいいか」、方法を伝えています。

もちろん、それらはその人の生き方や思考クセをふまえた上で、一番効果が出やすいと思われる方法を伝えているし、「○○の部分が○○なので」と丁寧な説明を心がけています。

 

自己受容できていないこと、自己肯定できていないこと、

そんなことはみんなわかっている。

 

それをどうやってできるようになるのかが、みんな知りたいのだと思う。

 

 

一緒に考えていきましょうという態度を持つこと

文章で表現するときは、まぁまぁ分かりづらいし、気づいてもらえることはないのかもしれないが、普段からの態度というものは文章に出ていて、それを受け取る人もいるものです。

本を読むときやブログを読むとき、相手の内面は言葉の選び方でもよく伝わる。

 

2年くらい前のわたしの記事もたまに読むこともあるが、その頃はまだまだ言いっぱなしの態度でした。振り返ってみて、言葉を乱暴に発していたように思います。

 

人に寄り添う気持ちもないくせに「自己受容しましょう」なんて大きなお世話。

それに気づけた時点で今後はそうならないように気をつけたい。

 

今後は「どんな方法をとればいいか一緒に考えましょう」という態度で文章を書いていけたらな、と思います。

 

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