言葉は違えど思いは通じる

今日は「女城主直虎」の第33回「嫌われ政次の一生」の録画を観ました。

小野但馬守政次(高橋一生)の処刑という最大のヤマ場が描かれた回でしたが、初回からずっと観ていたので涙が止まりませんでした。

 

嫌われることを選び、直虎を守り続けた政次。

最後まで悪役を演じたまま、死んでいきました。

 

相当の愛情がなければできることではありませんね(;_;)

 

「われをうまく使え。われもそなたをうまく使う」という約束を、お互い最後まで守りぬき、政次処刑シーンではその場に居合わせた人物にはわからない「二人だけの会話」が展開されました。

一番理解し合っている二人だからこそ通じ合える会話でした。

 

磔(ハリツケ)の刑って両脇から槍を刺されて苦しみながら死んでいく刑なんだそうです。

それを尼僧でもある直虎が、執行人のヤリを奪って自ら政次の心臓に突き刺しました。

憎んだふりをしながらも、苦しみを与えない優しさ。僧であるのに人を殺める覚悟、一緒に地獄に行く覚悟がなければ、できない行動のように思います。

 

突き刺したまま政次をにらみ上げ

「地獄へ堕ちろ、小野但馬!」

「日の本一の卑怯者と、未来永劫語り伝えてやるわ!」

 

そう言い放ったときの政次は血を吐きながらも幸せそうな顔だったこと。

 

俺のことを理解してくれていた。

よくやった、直虎。

 

そんな声が聴こえてきそうな表情でした。

 

 

言葉は違えど思いは通じる

対人関係でも言えることですが、本当に理解してくれている人って言葉の表現が多少違っていたり、行き違いになっても、真意を理解してくれるんですよね。

 

なぜなら普段から相手の見える部分だけではなく、見えない部分<心や感情>をちゃんと理解しようと努めているから。

 

相手の気持ちをも理解している人は、相手が間違った言葉を言い放ってしまったとしても「きっと相手はこう考えるだろう、本当はこういう意味合いだろうが言葉の選択を間違えただけだろう、なぜその言葉で表現したのだろう」等、察することができ、真意を理解してくれる。なんの修正も説明もいらないのです。

 

それは普段から相手をよく見て、性格や思考パターンや感じ方を理解しているから出来ることなんです。

そして、相手を信頼できているかどうかなんだよね。

 

お互いに言葉を間違ったり、乱暴な言葉を使ってしまったとしても、相手は真意をわかってくれているという安心感みたいなのがあるんです。

 

でも、相手のことを理解していない人は、表面上の言葉だけで相手の真意を見ようとします。

 

だから思い込みで話を進めたり、相手の言葉を自分の解釈で読み取ったりする。

こういう相手と会話するときって安心感がないのです。言葉に気をつけないとすぐ変な方向に考えたり、言葉を間違えるたびに言い直さないといけない。

 

その時点で理解しているなんて程遠いなと感じてしまいます。

 

理解してくれてる人たちと話すとこのストレスって全くないんです。

本当に理解していたら、言葉は違えど思いは通じるものです。

だからといって伝えないというのはよくないことですけど…

 

相手の目で見て、

相手の耳で聴き、

相手の心で感じること。

 

アドラー心理学にも出てくる言葉です。

コミュニケーションの基本であり、これらがなければ信頼関係を築けません。

 

タイトルの「言葉は違えど」の使い方が合っているかわかりませんが、きっとわたしを理解してくれる人は言いたいこと伝わっていますよね?(笑)

 

久々に良いシーンを観させていただきました。

ありがとうございました。

 

 

 

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