自律の光で心を照らす安西光のブログ【きらきらひかる】

-自律の光で心を照らす-安西光のブログ

たくさんの勇気をありがとう

この記事は本日のメルマガで配信したお話です。

若干ブログ用に書き換えています。

 

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先日、野際陽子さんがお亡くなりになり、続いて小林麻央さんも天国へ旅立たれました。

有名人が亡くなるとSNSやブログでもそれらに関する記事が多くなります。

その度に思うのですが、わたしはどうも「お悔やみ申し上げます」とか「ご冥福をお祈りいたします」という言葉が苦手みたいです。

kirahika.hatenablog.com

 

上記のブログでもあえて書きませんでした。



なぜかというと、

その人はちゃんと生ききったと思えば悔やむことはないと思うし、当たり前のように天国にいき幸せになれると思っているから祈ることもないのです。

生まれることと死ぬことはセットであり自然なことですから、悔やむとか、天国にいっても幸せになってほしいとか、

 

なんだか、まるで生きている間、幸せじゃなかったみたいな言い方のような気もして、

「不自然だな」

そんな風に思う、わたしがいるからです。


そして「形式的」があまり好きではなく、気持ちや態度が伴っているかを重視したいと考えています。

そんな風に考えてしまうわたしは屁理屈な女でしょうか。

 

気持ちは態度や行動に表れる

わたしは父を東日本大震災で亡くしていますが、それを公表してから2、3年は「お悔やみを~」「ご冥福を~」の類の言葉を毎年言われてきました。


相手は気を遣って言ってくれているのは重々承知していましたが、決して気持ちいいものではありませんでした。

その言葉には「可哀想」という感情が入っているものもあったからです。

普段交流のない人たちもこの時ばかりはと言葉をかけてくる。

 

それらの言葉を受け取っている側は敏感に察知しています。

 

ですから、毎年毎年、挨拶はいりませんと訴えてきました。

kirahika.hatenablog.com

 

それらについての気持ちはこちらの記事にも書いておりますが、


SNSで「黙祷」書く人は、気持ちはネットに向かっているわけですから黙祷と言ってるだけで、心からの黙祷はしていませんし

この日を忘れないと言っている人のどれだけの人が、本当に普段から忘れていないでしょうか。


それと同じように「お悔やみを~」「ご冥福を~」も同じように、形式だけで言っていないだろうか?と考えてしまうのです。


言葉では無意識のうちにいい人を演じてしまうことがありますが、本当の気持ちは言葉よりも行動や態度に表れます。



父が亡くなった時、村の人たちからそんな類いの言葉を言われなかったのがとても嬉しかったし、言葉はなくても7回忌になってもみんな集まってくれる。

それがとても嬉しかったです。


そこには形式がなく、皆さんの心や気持ちが態度で表れていたから。


だからと言って、その言葉を受け取るのが嫌というわけじゃありませんし、他人が言っているのを見て嫌だなと思うことはありません。


形式上言わないといけない場面もありますし、それらも含めて重々承知しているつもりです。でも、自分からはあまり言いたくないなと思うのです。



それはわたしの経験上、そうしたくないなというだけの話です。

せめてお葬式の受付くらいでとどめておきたいと思っています。



野際陽子さんも大好きな女優さんでしたし、小林麻央さんもみんなに勇気を与えてくれたと思います。


彼女たちの生き様を感じ取り、自分はどう生きていきたいのか、考えさせられました。

 

だから「たくさんの勇気をありがとう」と言わせてください。

それらの勇気を糧にして、わたしたちの菩薩行は続いていくのだと思います。

 

 

 

 

◆今後の講座予定◆____________________

現在講座はリニューアルに向けてお休み中。

 

<8月に開催予定>
男女の違いを知る講座~だから男女はすれ違う~

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