安西光(ぴかりん)のブログ【きらきらひかる】

-自律の光で心を照らす-安西光のブログ

努力について考える

最近「努力」について考えることが多かったです。

 

わたしを応援してくれる人が増えて、背中を押してくれるような言葉をたくさんいただくのですが、わたしよりも凄い人がたくさんいますので…と思ってしまうことが多かったです。

 

「わたしよりももっと努力している人が評価されてほしい」と思ってしまうところがあります。

 

それをお話しましたら「努力していないと活躍したり、お金を得たりしちゃダメなんですか?」と質問されました。

 

鋭い返しをしてくれたのは岩手県でご住職をされている佐藤良規さん。

(その時の飲み会の記事はこちら)

kirahika.hatenablog.com

 

 

確かになぁ…と考えを巡らせて、なぜわたしは「努力」にこだわりを持っているのだろうと考えました。

 

なぜ正しい努力をしている人が評価されてほしいのか。

 

それはわたしが努力をしない人だと自分で思っているからです。

 

kirahika.hatenablog.com

 

 「努力」には実体がない

わたしはあまり向上心がなく「ただ面白い。楽しいからやってる」という感覚が強いです。それを続けていったら、いつの間にかできるようになっている。

 

基本的にあまり深く考えて生きてこなかったので、ちゃんと正しい努力をしている人、向き合ったことに悩み、それでもチャレンジし続ける人、そういう人に活躍してほしいなぁと願っているのです。

 

でも、この「努力」というのは実体がないものですから、わたしの考える「努力」と他人の考える「努力」は違うものですし、わたしがただ楽しい、面白いからやっているだけでも、相手から見れば一心不乱にその行為をやっていることは変わりないのです。

 

だから、ここにお互いの感覚の違いが表れます。

 

わたしは「ただ楽しい、面白いからやっているだけで努力はしていません」

他人は「一心不乱にやり続けている。努力している人だなぁ」

 

そんな感じで。

ですからわたしは周りからむちゃくちゃ努力家だと思われています。

 

 

知る者、好む者は楽しむ者に勝てない

そんな時、孔子の言葉を思い出しました。

 

これを知る者はこれを好む者に如かず、

これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。

 

わかりやすく訳すと 「知識が豊富で物事を理解している人も、それを好んでいる人には及ばない。物事を好んでいる人も、それを心から楽しんでいる者には及ばない」といったところでしょうか。

 

他人からみたら、わたしは努力している人でもあり、もしかしたらそれをも通り越している人なのかもしれません。

 

最近は相手からは努力をしているように見えるのだから「わたしは努力家」でもいいのではないかなぁと思い始めました。

 

この意識の変化はかなり大きいものとなっています。

自分は努力家であると認めることで、周りの人からの応援を素直に受け入れることができるようになったからです。

 

最近では、さらに受け取り上手になったなぁと感じています(笑)

 

 

 

 

 

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現在講座はリニューアルに向けてお休み中。

 

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