「~かもしれない」という呪縛

最近立て続けに友人たちの悩みを聴いて思うのは

悩む人って他人に配慮できる優しい人だよな~ってことです。

 

わたしに相談してくる人は基本的に自分がどう見られてしまうかが怖いというよりは、自分はどう思われてもいいけど、相手と仲がこじれたときに周りの人に気を遣わせるのが嫌だとか、その後の自分以外の関係性を気にする人が多いです。

 

「本当はやりたい!でも、できない!」

周りの人のことを考えて、自分が我慢する状態ですね。

 

でもそれって、周りの人のこと考えてるってことなんですよね。

悩まないわたしは…周りの人のことをあまり考えていない人間かもしれません(^_^;)

 

自分がハッキリ言った時にどれだけの人に迷惑かかるかとか、相手を傷つけるかとか、色々考えてしまうようなのですが

 

わたしはいつも「言ったところで実際に迷惑がかかるかはわからないし、相手が傷つかないかもしれない。すべてはやってみなくちゃわからないよね」と意見をいいます。

 

相手が傷つくかもしれないし、傷つかないかもしれない。

 

周りに迷惑がかかるかもしれないし、かからないかもしれない。

 

今まで誰からも注意もしてもらえなくて、あなたに言ってもらえたことでその人の人生が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

 

実際のところ、すべてはやってみなくちゃわからないのです。

 

 

「~かもしれない」という呪縛

ふっとね、ある出来事を思い出しました。

自動車の免許をとるために学科講習受けますよね。

その時に教員が「自分は事故にあわないと思っている人、手を挙げてください」とアンケートをとったので、わたしは手を挙げました。

 

そしたらね、手を挙げたのがわたしだけだったの。

30~40人いるのにわたし一人だけ。

 

マジかよ!ってビックリしたんです。

 

で、みんなの前で言われました。

 

「事故が起きるかもしれない」

「~かもしれない」と思って運転をするようにしてください、って。

 

ある意味、自信過剰な人への注意というか用心しなさいよってことだと思うのですが、わたしはその時に思ったんですね。

 

わたしは自信過剰で手を挙げたわけではなく、気をつけるのがもう当たり前の世界なので、それもふまえての「自分は事故起こさないぞ!」っていう気合と責任を持って運転するぞ!という挙手だったわけです。

 

「事故が起きるかもしれない」なんてビビってみんなが運転していたら、そっちのほうが事故起こるじゃん、と。

逆に事故は起きるかもしれないけど「自分は事故を起こさないぞ!」という強い気持ちで運転したほうが事故起こさないんじゃないかって、思っていました。

 

で、その時はやっぱり帰宅するときにモヤモヤしたよね(笑)

 

事故が起きる前に事故起こすかも…なんて、みんなそんな気持ちで運転してるの?

正直怖いなぁ~って思ったことを覚えています。

 

今風でいうと思考は具現化する!?って感じかな(笑)

 

「~かもしれない」という予測をすることは悪いことではありません。

むしろ、予測をたてることも必要で、危険防止や自分の身を守る可能性が高くなるので良いことでもあります。

 

でも、その「~かもしれない」というのが癖になると「今」を生きれなくなるような気がします。

 

「~かもしれない」と思うよりも、そうはならないように対策や解決策を考える。 

「~かもしれない」と怯えるよりは、そうなってから考え対処をする。

 

だって、相手がどうか、どう出てくるかなんて、

こちらにはわからないじゃない。

 

若き日の出来事を思い出した昼下がりでした。

 

 

 

 

 

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