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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

言い合えることと、話し合いができることは別物という話

最近考えていたことをしいたけ占いのしいたけさんがタイミングよく、わかりやすく表現されていました。そうそう、これこれ!といった感じ。

 

わたしも第三者としてそういった場面に遭遇し、外から見ていて同じようなことを考えていました。何でも言い合えることと、話し合しあいができることは別物なんだなって。

 

言い合えることと、話し合いができることは別物

言い合えるってのはそれぞれの個人の信念とか自分の考えとか、それなりにブレないものを持っていて、相手にはじめて言えることができるようになるのだと思います。

そんな個人が二人集まるから、それぞれの主張や考え方などを「言い合える」

 

でもね、自分の信念や自分の考えが強すぎる人がどちらかにいた場合、話し合いはできません。

 

言い合えることは軸がブレない人にとっては比較的簡単ですが、話し合いができるようになるには、双方に共感力があり、相手への気遣いや伝え方、自分の正義が強すぎないことが必要なのだと思います。

 

話し合いができない態度のままだと、そのうち「話し合いにならないのだから言っても仕方ない」という気持ちにさせます。

せっかく言い合える関係性だったものがどちらかの話し合える能力が劣っているばっかりに、言い合える関係も少しずつ少しずつ陰りが見え始めるのではないでしょうか。

 

言い合えることは大切なことです。

「言い合える」から「話し合える」機会が持てるわけですから。

 

でも、別の見方をすると、ある意味自分勝手でもできることです。お互いが好きなように言い合っているだけでも「言い合える」です。

 

それにね、最初は言い合える関係でなかったとしても、話し合いができちゃうと時間かかっても「この人には言ってもいいかも」と思わせられることありませんか?それは「話し合いができる」ことで、その人との関係性に可能性を感じることができるからですよね。

 

「言い合える」ことが先なのか

「話し合える」ことが先なのか

 

どちらが先でもかまいませんが、こう書いていくと「言い合える」から出発すると「話し合える」ところまで辿り着くかわからず「話し合える」関係になれるかどうかはわかりません。でも「話し合える」から出発すると「言い合える」関係にはなれるということです。どちらの場合も「話し合える」ほうが相手との発展性があり、可能性に満ちているように思います。

 

やはり見習いたいのは、意見の相違がありながらもその先に繋がる、話し合うことができる人。相手と一緒に話し合える土壌をつくっていける人です。

 

自分は「言い合える」だけになっていないだろうか?振り返ったり、反面教師にしたりして、「話し合える」人になるために日々修練だなと思う今日この頃です。

 

 

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