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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

逃げるか、逃げないか、なんてどちらでもいい。

こんばんは。ひかるです(^^)



最近「逃げる」ことについて考えていました。


昔、親友から「ひかるは壁を壊して進んでいく人間だ」と言われたことがあります。


なんとなくそうなのかもしれないな、と頭の端っこに置いておいたのだが、最近「そういえば、そう言われたことあるな」とその言葉をふっと思い出しました。


思い出したことをきっかけに「わたしって壁を壊して進んでいく人なんだろうか?」と色々考えてみたのです。


自分で思いついた表現は


「歩いている時点で先のほうに壁があることに気づき、壁を避けて少しずつ進路変更の道を作るか」


または


「突然壁が現れたとしたら、壁にはノータッチで、他に道はあるのかどうかを探すこともせず、壁の隣になるべく最短距離で労力をかけないように考えながら「道」を作ってしまう」タイプだと思いました。



わたしは壁には目を向けず、道を作ります。


その壁に対してノータッチであることが「逃げる」ことならば、わたしは逃げてばかりの人生だなぁと思う。



「自分と向き合わずに逃げる人」という言葉は「今の自分から逃げられない人(逃げないと自己決定している)」と同じだし


「自分と向き合って逃げない人」という言葉は「向き合った結果、自分のいらないものから逃げてきた人」と同じではないだろうか。



こうなると「逃げる」も「逃げない」も同じではないかと思えてしまう。
「逃げる」か「逃げないか」なんて正直どっちでもいいことです。


大事なのはそこではなくて「そのあとに道はあるのか」ということではないだろうか。



その場に居座り続けると自分で決めたのならそこにいてもいいし、後退したければ後退してもいい。それは自分の責任で自己決定すればいい。



だけど、もし前進したければ、逃げても逃げなくても、どちらにしろいずれ「道」は必要になります。



その先に道があるのならそのまま進んでもいいし、この道に違和感を感じたら別の道を探さなければいけない。
もし今進んでいる道に壁がそびえていて、壁を壊すこともできず、他に道がなくて行き詰ったとしたら、自分で道を作る能力が必要です。



逃げてもいいし、逃げなくてもいい。



ただし、道を探す能力や道を作る能力は持っていたほうがいい。
もし道を進みたいのならば。









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