対極であるからこそ、わかりあえる可能性があるのかもしれない。

こんばんは。ひかるです(^^)


自分大好きで悩みのないわたしは今まで「わたしは悩んだことがないから、悩んでいる人たちや苦しんでいる人たちに本当の意味で寄り添うことなんかできない」そう思っていました。


苦しんでいる経験があれば「うん、うん、わかるよ」って共感できることもあるだろうが、わたしには相手をわかってあげたい気持ちはあるが苦しんだ経験がないのでイマイチ共感ができないだろう。



わかってあげたいと思いつつ、心の奥底では「なんで自分で自分を苦しめているんだろう?」と思っていた。



先日セミナーを受講した記事を書いたところ、「嫌いなところがないのに出さなければならない苦痛。逆をいえば、好きなところがないのに出さなければならない苦痛も同じかなって思います」とコメントを書いてくれた友人がいました。


確かに逆もまた然りだなぁと納得し、自分大好きで悩みがない人間は、自分が大嫌いで悩みだらけの人間と同じような経験をしているのかもしれない。


思考の違いや価値観の違いは対極でものすごく遠い位置にいるけれど、周りからの扱いや苦痛に感じるポイントが重なることも多いのではないかと思い始めた。


周りからの扱いなどが重なる部分が多ければ、きっと相手がその時にどういう気持ちになったのかを自分を通して想像することはできる。そう考えると、共感はできないかもしれないが以前よりも想像できることは多いのではないかと思える。



そして、もう一つ違うのは自分が大好きな人間は「嫌いになろうとはしない(現状のまま)」けど、自分が大嫌いな人間は「好きになりたいと思っている」こと。


「自分が大好きな人間を動かすことは難しいが、自分が大嫌いな人間は動かせる可能性がある」ということだ。


自己受容(肯定)ができている人間はそれ以上大きく変化することはあまりないと思う。今を継続すること、そしていつ落ちるかわからないので落ちないようにしなければならない。


でも、自己受容(肯定)できていない人間はこれからどんどん変われるチャンスを味わうことができる。変わっていく自分を目の当たりにできて、楽しい!面白い!変化に富んだ人生を送れるではないか。


こういった面では、正直うらやましいと思うことがある。
お互いにないものねだりだね(笑)



この可能性がある限り、そして変わりたいと本当に願っている人たちのお手伝いをしていきたい。ちょっと前のわたしよりも成長し、少しだけ想像力が増して寛容になれる気がする。











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