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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

わたしの考える「食育」

こんばんは。ひかるです(^^)



先日、友人と「食育」について雑談をしたのでわたしの考える「食育」について書こうと思います。



身体にいいものを食べさせること、美味しいものだけを食べさせることが食育じゃないと思う。口に入るものを気にすることももちろん必要だけれど、本当に大切なことはそこじゃない。



随分前に「物事の一方を体験しても、本質は見えないままである」という記事を書きました。これに似たようなことがわたしは「食育」だと思うんですよ。

kirahika.hatenablog.com




わたしは食関係の仕事ではないし、素人ですから詳しいことはわかりません。でも、個人的な食育の考え方は「食を通して心の育成をはかること」だと思っています。



*一応ちゃんとウィキで調べましたら「食育は、国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食文化の継承、健康の確保等が図れるよう、自らの食について考える習慣や食に関する様々な知識と食を選択する判断力を楽しく身に付けるための学習等の取組みを指す。」と書いてありました。



不味いものも美味しいものも食べたほうがいいと思うし、身体にいいものと悪いものも体調や体型に出るから身を持って知ることも大切だと思うんです。
両方経験するから「何が美味しいのか、何が不味いのか」「何が自分には合っていて健康にいいか、悪いのか」がわかるようになる。そうやって、自分の中で価値観を確立させていくのだと思います。


給食で出た茹で過ぎたスパゲッティも大人になって「懐かしい。あの頃はああだったなぁ」と思い出したり、学生時代に友人たちと罰ゲームでドリアンジュースを飲んでみんなで「くさーーーーーぃ!」と大騒ぎしたことも良い思い出です。それがなければドリアンの倒れそうなほどの臭さをわたしは知らなかっただろう。

海外旅行に行って「あの国は食事不味かった」と思い、帰国して「日本って食事美味しいなぁ」と心から感謝したりね。


色々な経験が心を作っていくのではないのかな、と思います。
味や食材が良い悪い関係なく、思い出がたくさんあるということはそれだけ経験してきた証拠なのです。



美味しい不味いとか、健康かどうかだけではなくて、その食事を一緒に食べた家族や友人との思い出だったり、経験が大切なのだと思います。


「美味しいものしか食べたくない!」「安い居酒屋には絶対に行きたくない!」と人付き合いを断る人間や健康にうるさく身体にいい食材ばかり気にしていて、愚痴愚痴いう人間に対して周りの人間はどう思うだろうか?


きっと付き合いにくいと感じるだろうし、疎遠になっていくだろう。
満足にご飯を食べられない人間がこの世にはたくさんいるにも関わらず、そんなことを言い出す人間は感謝がたりなすぎる。人に合わせることができない自己中な人間とはわたしも付き合いたくはない。



自分が「不味い」と思っているものが、ある人にとっては「美味しい」こともある。
自分は添加物を身体に入れたくないと思っていても、ある人は気にしない人もいる。




それは個々に決めることであり、自分だけ価値観を持っていればよい。
子供に対して親の価値観を植えつけることは「食育ではない」とわたしは思う。



こういう「人によって価値観が違う」こともちゃんと教えてあげられるかどうかも大切なことではないだろうか。



ウィキで調べた食育についての文章にも自ら食について考える習慣や判断力をつけさせる取り組みと書いてある。



要するに自立心を育てるってことだよね、と思いました。


わたしにもし子供がいたとしたら、変な制限をかけることなく色々なものを食べさせる機会を与えてあげたいし、食べ物が食べれること、選べることがどんなに幸せなことかを教えたり、食事内容よりも一緒に食べる人や時間が大切なのだと教えてあげたいなと思います。









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