自分の言葉は自分で見つけていかねばならない。

こんばんは。ひかるです(^^)



自分がない人というか、自分を偽る自己欺瞞が強い人や自分に自信がなく信念が弱い人ほど、誰かの言葉の影響を受けすぎる傾向にあると思う。



例えば自己啓発的な気づきのある発言が多いブログをあっちもみたり、こっちもみたり、いろいろな発信者の言葉に振り回されてフラフラしている。



心に響く良い言葉とは発信者が艱難辛苦を経験し、自分の力で乗り越えたからこそ見つけ出した言葉。


言葉の字面ではなく、発信者の行間を読みながら相手の背景を感じとったりして、私たちはその言葉の重みを感じることができるのだと思う。経験したからこそ、説得力を持つ。



世の中には全く同じ人間などいやしない。

性格や性質の違い、育った環境や体験してきたこと、今こうして過ごしている時間も全く同じ人間はいない。


比較的ポジティブな人間もいれば、全てをネガティブに捉える人間がいたり、そのどちらも行ったり来たりしている人間だっている。

悩む人間もいれば悩まない人間もいるし、男性的な考え方の人間もいれば、女性的な考え方の人間もいる。


だから、発信者のその言葉はあなたと似たような考え方を叫んで表現していたとしても、本当は中身や意味が違う可能性のほうが高いかもしれない。


全く同じ人間ではないのに、なぜ、その人が正しいとか、その人の言葉の影響を受けすぎてしまうのだろう。


なぜ、あなたとは別の生き方をしてきた人間の意見に振り回されなきゃいけないのだろう。



なぜなら「自分」が確立されていないからだと思う。



本来なら自分の譲れない信念や自分をもっていたのなら他人の言葉に振り回されることはない。


自分の人生は自分で作っていく。
みんな、わかっていることじゃないか。


そう、フラフラしている人間だって頭ではわかっているのだと思う。
頭では、、、ね。



わたしも素晴らしい言葉を目にすると「いい事言ってるな、素敵な言葉だな」と思う事は多々あるけれど、影響を受ける事はない。


なぜなら、わたしは「自分」というものをちゃんと持っていて、しっかりと根をはっているから。


わたしはわたしでしかないし、わたしの言葉はわたしが見つけていかねばならない。



正直、わたしは誰かの言葉なんて見なくても自信を持って生きていける。



自分で自分の信念を固められず、あっちこっちと誰かの言葉に救いを求めて漂い続け、自分の言葉を自分で見つけ出そうとしない人がたくさんいる。


現状に向き合わずに楽になることを優先して、後々苦労したり後悔する生き方を自分で選択している人たちだと、わたしは思う。


誰かの良い言葉に出会っても、影響を受けて悪い意味で傾倒することなく、その言葉を自分がどう受け取り、自分に合った形でどう反映させていくかを考え、良い使い方をしたい。



人間だから変化は当たり前で、そうやって他人の価値観や言葉に触れながら変化していくこともある。



影響を受けるかどうかが問題ではなく、それをどう生かすのかが問題なのかもしれない。





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