「人との関わり方」は「自分との関わり方」である。

こんばんは。ひかるです(^ ^)



「気に入らないから、合わないから、わかってくれないから」



そんな理由ですぐに人間関係を切る人がいるけれど、 相手を理解しようと努めたり、自分を理解して欲しくて話し合ったり、自分に反省点がなかったか確認することは必要ですよね。



だって「人との関わり方」って「自分自身への関わり方」だと思うから。



他人に対して理解をしようと努力しない人は、自分に対しても理解をしようと努力しない人。


他人と向き合うことをしない人は、自分と向き合わない人。





そう思うのです。


自分が正しいと思い、自分は変わる必要が全くないと思っているから、相手を変えようとばかりする。



相手が変わらないと「理解してくれない」「理解し合えない」と自ら放棄して、すぐに切ることができる。


このようなタイプの人間を見てきて、共通する点はいくつかあるのだが、その中のひとつに「コミュニケーション能力が欠けている」ことがある。


人当たりがいい、人見知りかどうか、など関係ない。
それは表面的なこと。


言葉にするのはとても難しいが、一見コミュニケーションできている人のように見えるけど、人の気持ちや心理部分を理解できていないため、気をつけて見ていると随所にほころびが見られる。


コミュニケーション能力が欠けている人の根底には大抵「表面的なものしか見れない、人を信じていない、自分に自信がない、被害者意識が強く依存的である、逃げる体質」などの傾向があるような気がする。無意識なことも多いので本人は気づいていないことも多い。




人間関係には、好き嫌い、合う合わないは確かにあるけれど、それは自分で距離感を調整すればいいだけのこと。それによって疎遠になっていく人は自然とそうなっていく。


意見が違うのは当たり前であるし、人には必ず長所と短所が存在し、その長所と短所も受け取り側によって長所が短所だったり、短所が長所に見られることがある。


お互いを尊重して付き合っていけるのが共存であるのだと思う。


でも、距離を調整することさえせずに、関わり自体を自ら捨ててしまう人がいる。そんな人たちは狭い世界で生きていくことになるのだと思う。


自分が好きな人しか周りに置かない、自分のことを好きでいてくれる人しか周りに置かない、そんな狭い世界だ。


狭い世界で生きているから人は成長しない。


相性はあるから付き合いに偏りは出るのは仕方ないけれど、相性が悪い人間とどう付き合っていくか?と頭を悩ませたり、嫌な思いをしたりして反面教師で人はコミュニケーションを学んでいくのだと思う。


自らその関係をすぐに断ち切ってしまう人たちは学びの機会を自分で断ち切っているため、いつまでたってもコミュニケーション能力が上がらない。


そして、自ら切ったり捨てたりと簡単にできる人間がこういう世界で生きていくと、さらに「自分が相手を嫌いになったら切ってしまう」ので、どんどん世界は狭くなる。そして最悪の場合は独りぼっちとなる。


「独りになることなんてある?」と思う人もいるかもしれない。
でもこうやって、ちょっと気に入らないことがあった時、自ら人との関わりを簡単に切り捨て、気づいた時には本当に独りぼっちな人が私の身近にはいます。



害を与えられて苦痛であるとか、どうしてもストレスが消えないとか、最後の最後まで話し合ったけど理解しあえなかったとか、そこまでいってしまったらお互いに離れたほうが良いだろう。


私も実際に害があるときはお別れしますので、関係を切ること自体が悪いことだとは思ってません。


ただ「自分が正しいと思い込み、相手を簡単に切って排除しただけ」のような形には極力したくないなと思う。



そうやって、人を簡単に切り捨てる傾向にある人は、自分との関わる機会も切り捨てているのだと思ったほうが良いと思う。








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