見えない部分、知らない部分があるということを「知る」こと。

こんにちは。ひかるです(^^)


先日、タイタニック沈没の真相を探る番組を観ました。(途中から拝見したのでタイトルなどはわかりません)


巨大な氷山をよけきれずに激突したという点は世界中の人々に広く知られている事実となっていますし、わたしもその認識です。


番組の内容はベテランの船員たちも数多く乗り込む中で、なぜ防ぐことができず、激突したのか?という点で検証されていたものです。


こちらの記事がわかりやすく解説されておりましたのでリンクをはっておきます。

悲劇のタイタニック沈没から100年を経て真相解明?不沈船を襲った氷山の裏に怪しい月の動きあり、、、



簡単にいいますと大自然の大いなる力が重なり運悪く起こってしまった、といってもいいのかもしれません。



蜃気楼が発生し、目の前がまったく見えない状態になったようです。

周囲に2隻の船もいましたが救難信号を送ったけれど、それも届かず、気付かなかったようで救助が遅れたそう。



私が書きたいのはタイタニックのことではなくて、その後の世間の反応についてです。



タイタニックの船会社、そして救助ができなかった船、関係者に対して批難の嵐で、批難を受けた人々はとても苦しみながら生きていくことになったと番組で紹介していました。



タイタニック沈没のようにどうすることもできなかった悪条件で発生する事故や事件、「濡れ衣」状態で批難されることはさぞお辛かったと容易に想像できると思います。



どんな事件でも大小に関わらず、「見えない部分」というのは存在しますし、当事者でしかわからないことがあります。



誰かを批難するということは誰かの人生を変えてしまうことになりかねないのです。誰かを苦しい人生にしてしまったとき、責任もてるでしょうか。



私はいつも悪口、批難、中傷はやめましょう、と言い続けています。

言いたいことがあるのなら直接本人に言えばいいことです。



批難をする人ほど、想像力が乏しく、責任放棄をし、本人を目の前にしたら逃げ出すと思います。

なぜなら、小心者で自分から発せられた言葉に責任感を持たないから批難をするのです。



わたくしも今まで「濡れ衣」を着せられたこと何度もあります。

「火のないところに煙はたたない」といいますが、火のないところに煙はたつこともあります。



燃えるものを持参して、放火して、火が出てるぞー!って叫ぶ人はいます。(自分でそう思い込んで「〜らしいですよ」って言い始める人おりますね)



その放火した人の言葉をそのまま信じて、さらに「火がでてるらしいよ」という人はたくさんいますが、まずは目視して確認したいですよね。



周りがいくら騒いでいても、目視できる人間は「なぜ火がついたのか」をちゃんと考え、確認します。


それができる人間は「なぜ火がついたのか」の部分がわかるまで言葉を慎むと思います。




この番組をみて、物事には「見えない部分や知らない部分があるのだ」と自覚することの大切さや、自分が同じようにされたらとても辛くて悲しくて頭にくるだろうことも想像できます。




自分の発言には責任を持ち、相手のことを考えられる人間になりたいものだと強く再認識したのでありました。






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