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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

何のための知識習得や活動なのかを考えたい

生き方 考えたこと

いつも通っているレストランでランチ。

2、3歳の小さい子供を抱えた夫婦が2つ離れた席に座ってランチをしていた。

 

父親の方は食べ終わり心理学の専門書を難しそうな顔をして読んでいる。母親は子供をあやしながらであったため、食べるのに手こずっていた。

母親は不満そうな表情を浮かべながら父親の方をチラ見しながら何か言いたげである。が、父親は本を読んでいることに集中していて気がついていないようだった。

 

(ダメだこりゃ…)

 

内心わたしはそう思った。

 

一番大切なのは目の前の人をよく見ること

一番大切なのは目の前の人をまずよく見ることだ。

わたしも心理学を学んでいる身だが、こういう人をみると「目の前の人の気持ちを察することができないで何が心理学だ…」と思ってしまう。

父親がどういった気持ちでその心理学の専門書を読んでいるのかはわからない。学んでいるのではなく、ただの趣味かもしれない。

だからわたしがこう勝手に決めつけて考えてしまうのも良くないことなのかもしれない。

 

でも、どんな理由であれ読書をやめて、目の前で困っている母親に気づき、助けることはできるはずだ。

 

何のための知識習得や活動なのか

最近こういった人たちをよく見かけるように思う。

先日わたしは飲み会の帰りに、ついさっき配った自分の名刺が道路に放置されているのを発見してしまった。

捨てられたのか、荷物から落ちたのかはわからない。だから「捨てられてしまった!酷い!(泣)」とは思わなかったが、とても残念な気持ちになった。

何に残念と感じたのか、それは他人を援助するために心理学を学んでいる人間が相手の分身である名刺をちゃんと大切に扱わなかったことにガッカリしたのだ。ちゃんとしまっていれば、最後まで持ち帰ることくらいできるだろう。

 

自分の個人情報がつまったものを道に放置されること(しかも不特定多数が出入りするコンビニ前)とても怖かったのでその放置された名刺を自分で回収した。自分で気がつかなかったら…と思うとゾッとする。

 

自分がされたらどう思うだろう?

きっと自分がされたら嫌がるに違いない。

 

それが想像できない人がどんなにすごい知識を持っていても、きっと役には立たないとわたしは思う。

 

たまたま最近起こったことを書いているが、心理学だけではなく全てのことにいえる話だと思う。

 

スピリチュアルなことばかりに目が向き「パワーを感じましょう!」とはしゃいで「目の前の人の気持ちは感じないのか…」と思った出来事も最近あった。

 

他人に役立つためにスキルを学んだり、すごい知識を持っていても、いま目の前にいる人の援助をしなかったり、嫌な気持ちにさせていたら意味がないのだ。

 

何のための知識習得なのか。

何のための活動なのか。

 

 

まずは目の前にいる人、身の回りの人を大切にできるようになってから

話はそれからだと思うのであった。

 

自分もブログやイベントで伝えることをしている身だから、気をつけていかなければいけないなと心の底から思う。

 

 

 

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