安西光(ぴかりん)のブログ【きらきらひかる】

-自律の光で心を照らす-安西光のブログ

人望力とカリスマ性

最近、わたしから見た自分の認知と他人から見たわたしへの認知がかなり違うことに気づかされる。ブログを書いている影響もあるかもしれないが、特に人望力やカリスマ性についての認知が180度違う。

 

人望力とカリスマ性

ここ3ヶ月くらいの間にドドドーーーーーッと「人望力がある」「カリスマ性がある」とたくさんの人から言わるようになった。ある人からは「ひかるさんとフェイスブックで繋がれるだけで光栄」なんて言われたり、周りの人の反応を目にした人から「やっぱりひかるさんは凄い人だね」とか言われたりする。

 

「どこが?みんなのほうが色々やっていて凄いけど…」

とこちらは思っていても、謙遜しているように聞こえるみたいだ。

 

わたしから見た自分の認知はこんな感じだ。

わたしには人望力はないしカリスマ性もないが、わたしの周りには人望力やカリスマ性が高い人物がたくさんいて仲良くさせていただいている。友人たちと仲良くしていると人望力があるように見えるだけだ。

 

一部の人間には金魚のフンみたいにくっついているように見えるだろうなと思っているし、実際に人望力やカリスマ性のある友人たちには人がたくさん寄ってくるが、隣にいるとついでのように仲良くしてやる感であからさまに扱われることがあったり、人望力やカリスマ性が高い人の近くにいると「何かたくらんでいる」とか変な想像をする人もいるようだ。

 

実際には信頼している友人と仲良くしているだけなのだが、人望力やカリスマ性が高い人に囲まれるとこういった経験はたくさんするようになる。

そういったときは少々寂しさを感じるが、まぁ、それが一般的な反応なんだろうなと思う。それと同時に自分の人望力やカリスマ性のなさを見せつけられる。友人目当てで見向きもされないとか変な疑われ方をしたりするとやはり嫌な気分になる。

それでも実際に何かをしてきたわけじゃないので「わたしも人望のある人間になれるように頑張ろう!」と前向きに考えるしかない。

 

逆にその立場を利用してやろうと人間観察を楽しんでいる。寄ってくる人間の人間への不信感の度合い、劣等感や人の付き合いで何を重要と見ているのか、などそういったものがよくわかる。

 

派手な肩書きや権力や有名度などで飛びつき、自分ですごい人物や出会いを探そうとしない人たちを見ていると、肩書きや権力や有名度などわかりやすいもので人間を選別しない人たち<同じ属性>との出会いがいかに貴重かを思い知らされる。

 

わたしは人望力やカリスマ性がある人ではなく「人望力やカリスマ性のある人が近くにいて恩恵を受けている人」なのだと思っている。

 

それでも、わたしから見た自分の認知ももちろん大切なのだが、他人から見たわたしへの認知もとても大切だ。

自分のフィルターで物事をみると内容は関係なくどうしても偏ってしまうので、ちゃんと他人のフィルターを通した物の見方も大切にしたいと思う。

 

 

なにはともあれ 、これからも人望力は高めていきたいなと思います。

親しくしてくれる人たちには本当に感謝ですm(_ _)m

 

 

 

 

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