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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

効率ばかりを求めていると良質を失う

こんばんは。ひかるです(^^)

 

突然同業の仲間から「篭ってないでうちにきてくれー」と連絡がきた。たまにこういった話が飛び込んでくるのだがどこも人手不足…というか、人はいるができる人不足で良いデザイナーが見つからないようだ。

kirahika.hatenablog.com

私たちの業界は20年前も、10年前も、そして今も、たいして変わらないということだ。仕事ができる人がとても少なく、社内でもフリーランスでも仕事ができる人たちに一気に仕事が振られる。

 

わたしはこういう話を聞くたびに、業界への危機感を抱きつつ「効率ばかりを求めたばかりに良質を失ってしまった」と思ってしまうのだった。

 

全てが手探り状態、自分たちで方法を見つけ解決していったあの頃

わたしが3Dデザイナーを目指していた頃、基本的にデッサンができるのが当たり前だったし、絵が描けない人間は採用されなかった。わたしがちょうどデザイン学校に通い始めた時くらいにゲーム専門学校が初めて誕生したと記憶している。

大手ゲーム会社のバイト制度も試験的に始まったばかりで、第2回目の募集をしていたとき正社員としては落ちたがバイトをやってみないかと会社側からお誘いがあった。この時代はこの業界に関する全てが実験期間でわたしたちはモルモットと同じだったように思う。

それが嫌だったわけではない。そういう時期があってこそ成長できるのだし、たまたまこの時代に当たってしまっただけだ。

 

3Dソフトもバグばかり、チュートリアルに日本語版などなく英文すら間違っている状態で日本語訳を自分たちで行い、手探りの中使い方を覚えていった。マシンの機能も今のマシンの性能とは雲泥の差で落ちるのが当たり前、遅いのが当たり前だった。

3Dを作る以前に色々な問題が起こるのが当たり前で、それを自力でなんとかし解決しながら物を作っていったものだった。

 

今はゲームクリエイター養成学校など科も充実して無数に存在し、絵が描けない人間でも採用される時代だ。3Dソフトもマシンも高性能で安定し、作り方などの書籍なども充実している。先人たちにも教えてもらえる。

映画のようなリアルな映像を誰もが作れるようになった。そうなると作業の効率化を求めて機能(ボタン)一つでリアル風に作れてしまうまでになってしまった。

 

 

効率ばかりを求めていると良質を失う

3DCGと聞くといつも最先端といったイメージがあるかもしれないが、デジタルの世界でもやはり「昔ながらの作り方」と「最先端の作り方」がある。

 

わたしはというと「昔ながらの作り方」を重要視している人間だ。昔ながらの3D屋さんと言ってもいい。

3Dゲームが世に出始めた頃(初期)の人間なのでこの作り方に愛着があり慣れてしまっているということももちろんあるのだが理由はそれだけではない。

 

①機能(ボタン)一つで安易に作れてしまうことに危機感を覚えたこと

②絵に締りがなくなることが嫌だった

 

機能一つで安易に作れてしまう環境というのはとても危険だと感じていた。簡単にできてしまうのに頼って作っていると ” 形 ” を自分の力でしっかり作れなくなっていく。業界自体がそういう流れになれば作れない人が増えていくということだ。

 

絵に締りがないというのはわかりやすくいうと、

ファッションだったら「なんとなくダサくない?」と一緒だし

絵画だったら「なんとなく野暮ったいパッとしない絵だな」と一緒だし

和食だったら「ちゃんと出汁とってる?」と一緒である。

形にはなってるんだけど、なんかたりない… そんな感じだ。

 

 

目の前の効率を求めた結果、長期的にみて非効率だと思うことがよくある。

効率化をはかるために機能を使うとデザイナー自身のカラーもなくなり、形が作れない人材を増やしながら尚且つ育たない状態に陥る。良質な部分を失うばかりだ。

 

効率よく作業しているはずなのに、形もとれない人間が作ったのかクオリティが低いものが返ってきて結局こちらで作り直すということも少なくない。

なんて非効率なんだよ…と思う時がある。

 

わたしは何を生み出したいのか?何を残していきたいのか?

今の時代は何でも当たり前のように用意されている恵まれた環境だと思う。それが普通で育ってきたデザイナーさんは、いざその機能やマシン環境がなくなった時、 ” 形 ” を作れなくなるだろうと予想できるし、パニックに陥るだろう。

 

わたしはどんな時でも " 形 " が作れるデザイナーでありたい。

 

わたしは機能がなくなっても、時代が昔に戻りマシン性能が極端に悪くなったとしても、不安は何もない。全てを一から経験してきて、作り方も昔と同じ手法で作ってきているからだ。

 

デザイナーとして基礎部分が出来ているかどうか、何か問題が起こっても原始的な手法を駆使してでも作れるかどうかという自信、現場をいくつも経験してきた余裕があるかどうか…

こういった経験の有無はその人の実力に大きく反映されると思う。

 

最先端の3D制作に従事している人からは古臭いとか、時代に追いついていないとか、思われているかもしれない。まぁ、実際にはそうなのだと思う。
 

取引先からも最先端を求められることがあるが、わたしとやりたい事が正反対なので、結局最先端な手法にはあまり興味を示さなかった。

 

それを向上心がないと見る人もいるかもしれないが…そう思われたらそれでもいいと思ってる。時代に逆行するデザイナーがいてもいいと私は思う。

 

現に「昔ながらの作り方」を求めてくる取引先もいる。

それは昔ながらの製法で作られている食材や調味料を買う人がいるのと同じでお客様の層が違うだけなのだ。

 

わたしは昔ながらの手作り3Dを提供している。機能にたよらない3Dだ。

 

効率化を考えることももちろん必要な時もある。

でも効率化するべきところをちゃんと見極めたいと思う。必要な作業を効率化するよりも、無駄なところを省いて効率化したほうがいい。その思いがとても強いのだ。

 

わたしは何を生み出しているのだろうか?

3Dデザイナーのやるべきことは何か?

どんな作品を残していきたいのだろうか?

 


そう自分に問いかけたり、業界全体のことを思うと

効率化することよりも、もっと大事なことがあるのではないかと思えてならない。

 

 

 


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