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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

自分の人生は自分でデザインしていくもの~その2~

こんばんは。ひかるです(^^)

 

前回の記事の続きです。

自分の人生は自分でデザインしていくもの~その1~

 

なぜ、自分をアドラーだと思ったか

前回の記事の最後に恐れ多くも「わたしってアドラーじゃん!」と思ったと書いたが、なぜそう思ったのか。

アドラー心理学には欠かせない6つの理論がある。それらは全てがセットでアドラー心理学といえるものであり、どれか一つでも欠けたらアドラー心理学とは言えない。簡単な説明ではありますがご紹介します。

①人間の行動には目的がある(目的論)

②人間を分割できない全体としての立場から捉えなければならない(全体論)

③人間は、自分流の主観的な意味づけを通して物事を把握する(認知論)

④人間のあらゆる行動は、対人関係である(対人関係論)

⑤自分の行動は自分で決められる(自己決定性)

⑥人間の生き方には、その人特有のスタイルがある(ライフスタイル)

 

「カウンセリング・マインドの育て方」より(岩井俊憲著、コスモス・ライブラリー)

実際に勉強してわかったこと。わたしはこの6つの理論のうち、4つを子供の頃から理解して実践して生きてきたのだと気がついた。

 

過去に同じ環境で育ち、同じ経験をしていても人それぞれの捉え方をする

①目的論については幼少の頃からの体験で、同じ親同じ生育環境同じ経験をしたきょうだいが見事に三者三様の性格・別々の世界の住人になってしまった。

一人は優越コンプレックスを抱き、一人は劣等コンプレックス抱き、そしてわたしはアドラー心理学でいう”健康な人”となったことで、実体験から子供の頃から過去の出来事は関係ないのではないかと思っていた。だからわたしは子供の頃から目的論に近い考え方をしていた(詳しいことは下記の記事参照)

kirahika.hatenablog.com

 

心と行動はいつも同じだと思っていた

②全体論を簡単に説明するのは難しいのだが「人間の内部には分裂や葛藤はなく、意識も無意識も全てが一丸となって目標を追求する」ということ。

わたし自身、幼少の頃から心と行動は連動していると思っていた。あまり葛藤をしたことがなく「思ったことを言う、やりたいことをやる」それが当たり前だと思って生きてきたし、みんなもそうやって生きているのだと思っていた。(30代前半までは)

「やりたいのにやれない」とか「思っていることと言葉や態度が別」とか、心と行動が別々になるなんてそんなことがあるのかよ、と思っていた。自然と「やらないのはやりたくないからだ」と思っていた。

 

人生を通してキーワードは「善悪はない」だった

③認知論についても子供の頃から理解をしめしていた。小5の時、わたしは「ゲームを作る人になろう」と決めた。

そのキーワードが「善悪はない」だった。(詳しいことは下記の記事参照)

子供の頃から「人それぞれの見方や事情などがあるのだ、善悪はないのだ」と思っていて、それは大人になった今でもわたしの中ではキーワードとなっている。

kirahika.hatenablog.com

 

自分が幸せになるために、楽しくなるために自分でより良い選択していくのが自然なことで当たり前だと思っていた

⑤自己決定性だが、わたしの場合育ってきた環境により、とてつもない訓練をされてきたのではないか?と最近になって思うようになった。(詳しいことは下記の記事参照)

 

kirahika.hatenablog.com

小5でこの職業になると決めてから「どうすればなれるのか?」だけを考えて自分で進路も決定してきた。

自分のことは自分でするのが当たり前だと思っていたので、資金援助を受けることもなかったし、小5で職業を決めてしまって夢を叶えるために爆進していたという話だけですごいねと言われるのだが、それが当たり前だと思っていた。逆にそうじゃないことにビックリしたことがある。

 

そして、今思うとわたしは幼少の頃から自己決定しなければいけない毎日を生きてきたのだと思った。すべてを自分で決めなければいけない生活を送っていたように思う。

 

例えば毎日の食事も母親が用意してくれることはなかった。生きるために母は働きに出なければいけなかったからだ。

姉二人とは歳が離れているので姉たちはすでに家を出ていたので、わたし独りで留守番をする毎日だった。 毎日500円渡されてその中でやりくりを自分でしていた。

自分の食べるものは自分で決定しなければならなかったし、500円のうち360円で済めば残りの140円は自分のお小遣いになると考えたり、発育過程に応じて自分で料理をしたり、本当に細かいことまで自分でできることを自分で決定していかなければならなかったように思う。

 

母親の希望や勧め、教育方針などは基本的になく何も言われたことがない(茶道だけはやってほしいと言われたのでそれだけはやった)

貧乏であることを知っていたので(母親にうちは貧乏だと言われたことはない、勝手に察していた)自分でやりたいと思ったものは無料の講座などを自分で見つけてきた。そして興味あるものは全部参加して、それらも全て自分で決めて取捨選択をしていた。

 

それらは物理的なことだけではなくて、生育環境に対してもポジティブに受け取るかネガティブに受け取るか、精神面でも毎日が自己決定を迫られるような生活をしていて訓練されてきたのかもしれないなぁ、と今になって思う。

 

それらを繰り返して⑥わたしのライフスタイルが形成された。

 

 

 アドラーの提唱する6つの理論のうち、4つを幼少の頃から行い訓練してきたのならば「わたしってアドラーじゃん!」と思うのも無理はないのかなと思えてしまった(笑)

 

そしてこれらの理論を実行してきたことが、実は自分の究極目標に繋がっているのだと気がついたのだった。。。

 


 

つづく。

 

 

 


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