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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

ブッダになりたければ、ブッダになればいい。

こんばんは。ひかるです(^^)

 

今、ひろさちやさんの空海入門を読んでいる。アドラーの師匠から飲み会で「アドラー心理学は真言密教と似ている」と聞いたからだ。

 

真言密教と顕教(真言密教以外の仏教は顕教という)のわかりやすい特色は悟りに至るまでの考え方です。顕教は「仏になるために修行をする」ですが真言密教は「元々わたしたちは仏である」という考え方らしい。「終わり」から出発するのだ。

 

師匠から「ひかるさんは空海が合うと思うよ」と言われたのだが、まだ読み始めて途中だがその意味がわかった気がする。

 

 

「自分は仏陀である」と信じきっていた空海

人によってはドン引きされる可能性があるが正直に書こうと思う。実はわたしも子供の頃から同じように思っているところがあった。

 

古い友人でわたしのフェイスブックの投稿もよく観察している人ならば知っている人もいるかもしれないが、3年くらい前からわたしは突然ブッダのことを師匠と呼ぶようになった。ある時に「わたしはブッダの599人目の弟子だ」と決めてしまった。

 

こいつアホちゃうか!とツッコミがきそうだが頭がおかしいわけではないし、ふざけているわけでもない。

 

ブッダの本を何冊か読んでいるが書いてあることは当たり前のことであり、それらを日々実践していきたいなと思っていて、現代にブッダがいたら弟子入りしたいと思っただろう。その気持ちをユーモアで表現したつもりなのだ。

 

でも発言する前に考えた。わたしは意外と超真面目人間なのだ。

「本当の599人目の弟子に失礼だよなぁ」とか「弟子でもないのに弟子はないだろう」とか、かなり自分ツッコミをしたのだが、599人目は随分前にお亡くなりになっているだろうと思い自分を許した。(599人目の弟子よ、今ここでごめんなさい)

弟子でもないのに弟子だということも、きっとブッダだったら許してくれるだろうと思い、さらに自分を許した。

 

そして3年前くらいから勝手にブッダを師匠と呼び、花祭りの時は「師匠お誕生日おめでとうございます!」と勝手につぶやき、599人目の弟子ですと勝手に言っている。

 

なぜ599人目かといえば、深い意味はない。

9がラッキーナンバーなので9を並べたかったこと、599という数字が浮かんできたので、それでいいやと思ってしまった。(あとづけだが「極楽」と読めないこともない(笑)

 

著書に描かれている「自分は仏陀である」と信じきっていた空海に近い価値観をわたしは持っているように思えたのだ。

 

 

ブッダになりたければ、ブッダになればいい

わたしは小さい頃から「なりたければ、なればいい」が当たり前だった。なんの苦もなく「なっちゃえばいいよね」と思うタイプだ。

 

お金持ちになりたければ、お金持ちになればいい

人格者になりたければ、人格者になればいい

理想があるなら、理想の自分になればいい

 

今の職業も小学校5年生の時に「なりたいならなればいい」と思い、実際にその職業についた。ブログの自己紹介にも書いてあるが聡明な女性に「なりたいならなればいい」と思って、日々行動し自分を磨いている。

 

本気じゃないなら「~ようになりたい」なんてわたしは言わない。「なりたい」と思った時はなるためにその行動を起こしているのだ。

 

だからブッダの599人目の弟子を勝手に名乗ったのはブッダがいないからなれないけど「弟子になりたい」と本気で思ったから、名乗ってしまったのだ。この感覚わかるだろうか。

 

 

 

アドラーになりたければ、アドラーになればいい

アドラー心理学を学んだきっかけは、わたしがアドラーの本を読んだ時に「この人、わたしじゃん!」と思ったことだった。何度か記事にもそう書いている。

 

「この人、わたしじゃん!」はある意味、「わたしってアドラーじゃん!」に変換できると思う。なんて身の程知らずだろう…と反省しているかといえば、そうでもない(笑)

みんなに怒られてしまいそうだが、正直そう思ってしまったのだから仕方ない。わたしは無駄な嘘はつけない女なのだ。

 

自信過剰な発言だと思われるかもしれないが、それなりの根拠のある自信だ。

 

子供の頃から褒めない叱らない教育を受けてきた。行動を積み重ねてきた結果、わたしはアドラーになってしまった。

 

だから「この人、わたしじゃん!」って思ってしまったのだ。

 

学ぶは真似ぶ。

 

ブッダのように振る舞えば、ブッダに近づくだろう。

アドラーのように振る舞えば、アドラーに近づくだろう。

行動して近づけていけば、根拠のある自信を自分に与えられるはずだ。

関連性がありそうな記事「人の器と考え方」について以前記事を書いていた。

kirahika.hatenablog.com

 

ブッダやアドラーに誰がなれないと言ったのか?

自分の理想とする人物像に誰がなれないと言ったのか?

 

なれないのは、自分がなれないと思っているからだ。

 

「自分はブッダだ」と思って振る舞えば、いつの間にかブッダになってしまうかもしれないのだ。

 

空海が人たらしであったことを思い出し、わたしも人たらしになりたいなと思ったので宣言してみた。

もう宣言した時点で人たらしのつもりになっている(笑)

 

なりたいものに、なっちゃえばいいのだ♪

 

 

 

 
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