”その人らしさ”をどれだけ知っているかで”その人”をより正確に判断できる。

こんにちは。ひかるです(^^)

 

「○○ちゃんらしいね」「○○ちゃんぽいね」

 

これらは”その人らしさ”を感じた時によく発する言葉。

 

でも”その人らしい”は自分が思っている”その人らしさ”であって、他人からみた”その人らしさ”とは違ったりするものです。

 

間違った”その人らしさ”を自分の中に植え付けてしまったり、狭い括りの中の”その人らしさ”で話をすると、人を判断する時に見誤ることもある。

 

昔こんなことがありました。

普段はSNS上に浮上しない知人Aが他人(本人)のコメント欄に悪口ともとれる文章を突然書きました。その文章を見ていた知人Bにわたしは「あれはどういった意味で書いたんでしょうかね?」とポツリと聞いてみたら「彼女らしいじゃない」と返事がきたのです。

 

知人Bの「彼女らしいじゃない」発言は決して悪い意味ではない。

知人Aは普段からハッキリ物をいう性格だったので、そう考えると本人に対してコメントをし、陰口しないところは彼女らしいといえばそうなのかもしれない。

 

でもそれは、ハッキリ物をいう性格という見方だけで判断した彼女らしさだ。

 

わたしはよく行動をみている人なので、SNSに浮上しない人が浮上しているという時点で彼女の普段の行動とは異なると思ったし、普段からハッキリ物が言える性格なのだからネット上で言わなくてもいいだろう。(マナー的にもよろしくない)

対面して堂々と物申せばいいことだし、彼女はそれができる人だった。

 

わたしはその行動を「彼女らしくない」と思った。

普段とは行動が違うし、悪意に満ちている感じだと受け止めた。

 

だから他の人にもどう感じたのか聞きたかったのだが、知人Bはそこまで彼女のことを見ていないのだなということしかわからなかった。

 

結果的に彼女が本人に何らかの嫉妬のような負の感情を持ったことによる行動だったとわかった。

 

”その人らしさ”とは、その人自身の言動をしっかり見て、どれだけ数多く知っているかで判断がかなり違ってくる。物事を見抜く正確性も違うものだ。

 

さほどその人物をみていないのに関わらず”○○ちゃんらしい”という人間も少なからずいるが、もしかしたらちゃんと見ていない人間の方が”その人らしい”と思いやすいのかもしれない。

 

”その人らしさ”をどれだけ知ることができるかは正しい判断をする際にとても必要なことだと思う。

 

そして、多く知ることができて、初めて”その人らしさ”を語ることができるのかもしれない。

 

 

 

 
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