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人生は自分でデザインする 【 きらきらひかる 】

-人生は自分でデザインする-     アドラー流で生きる 安西光のブログ

自分の都合に合わせて言葉を乱用するのではなく、筋が通った形で優しく使っていきたいと思う。

こんばんは。ひかるです(^^)

「来るもの拒まず去るもの追わず」

 

「自分のところを去りたい人を引き止めるようなことはしないし、 自分のところを信じてやって来る人は、すべて受け入れるということ」という意味です。

 

SNSやブログ等でたまに見かける言葉だけれど使い方が気になるときがあります。

 

それは相手は去る気もなかったのに自分から去っていき相手のせいにしている時や、明らかに原因を本人が作っておいて相手が去っている時です。

 

自分から去っておいて(去る原因を作っておいて)相手から去ったような言い回しをするのってなんか違うでしょって思ってしまいます。もちろん一連のやりとりも見ていて判断して思っていることです。

 

まるで「相手から去っていった、自分のせいではない」と思いたいがために自分に発している言葉のように聞こえます。

 

この言葉って自分を尊重し相手も尊重している、とても優しい言葉だと思うんですね。

 

「追わない」「引き止めない」というのは相手の意思を尊重している行為ですから。

 

「自分とは合わないかもしれないけれど違う場所を見つけたのならそれも間違いじゃないからそっちにいったらいいよ」と相手が居場所を見つけたのなら送り出そうという優しい心持ちで使いたい言葉だなぁって思います。

 

自分とは意見が合いませんでした!自分は悪くない!あっちいけ、ぺっぺ!という気持ちで言うような言葉じゃないと思うんですね。

 

で、見ていて後者の方の意味合いで使っている人たまにいるんです。

 

昔からの言い伝えである諺や格言が現代まで残っている意味を考えたい。

 

けっして「あっちいけ、ぺっぺ!」という排除的な気持ちで作られたものじゃないと思うんです。

 

自分が原因を作り出して相手が去っていってしまったんじゃないのか?

はたして、相手は去ろうとしていたのか?

自分から去っていってはいないだろうか?

そもそも相手は「来(た)る」人だったのか?

 

そういうこともちゃんと考えた上で、言葉は使うか使わないかを決めたいです。

 

 同じ言葉や文章でも、感情ってやっぱり伝わるし、それ以外の情報からどういうつもりでこの言葉を書いたのかってわかってしまいますから気をつけたいですよね。

 

わたしの場合ですが、実際去っていく人って面識ない人ばっかりです。それって最初からこちらに来ようとも思ってないわけですし、面識がないから去っていってもこちらはわからないです。最初から「去る人」の対象外ばかりが去っていきます。(会ったことがないのにブロックされたり、知らないのに悪口言われたりがこれにあたります)

 

たまに一緒に遊んだことある人で去っていく人もおりますけれど、それは負の感情でわたしに対して攻撃してきたときや陰口たたいて噂を広めるような人だったりで、信頼関係がない(たいして仲良しでもない)相手が大抵そんなことします。

 

攻撃されたらわたしから離れていくので、相手から去っていくわけじゃない。わたしから去っていったので結果的に向こうが去るしかなくなるだけです。

 

そんな場合は向こうが去ったわけじゃないから、わたしはこの言葉で片付けるようなことはできないし、元々最初から向こうが信じて「来て」なかったのだから、この言葉に該当するのかちょっと考えてしまいます。

 

「来る」から「去る」に繋がるのかなって思うのです。

 

自分を信じて「来た」人は簡単には去っていかないと思うし、今のところわたしはそんな経験ないように思います。

 

去る場合は(去る原因をつくられて)自分から去っていくこと多いですし、去っていく人は信頼関係がない人ばかりですから(悪い言い方をすれば、どうでもいい人ばかりってことです)

 

どの程度の信頼関係で「来た人」になるのかによって考え方が違うのかもしれませんし、人それぞれの捉え方次第なのでしょうね。

 

一番言いたいことは、言葉はやっぱり優しい気持ちで使っていきたいということです。

自分の都合に合わせて言葉を乱用するのではなく、筋が通った形で優しく使っていきたいとわたしは思います。

 

 

 

 


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