安西光(ぴかりん)のブログ【きらきらひかる】

-自律の光で心を照らす-安西光のブログ

沈黙することの重要性。

こんばんは。ひかるです(^ ^)


半年前に一度、「沈黙は金、雄弁は銀 」という沈黙力についての記事を書いたことがあります。


一年前の今日、FBでも黙る美学について投稿していました。SNSをしていて「沈黙力」が今一番大人たちが養わなければいけない力だと常々思っています。



過去も今もずっと言いたいことは変わっていないようです。



SNSで他人のコメント欄に批判や悪口を書くこと、気に入らないとすぐクレームをつけることなど、いらない発言をする人が多すぎる。



沈黙は金、雄弁は銀。


愚者は語り、賢者は黙る。




これらの言葉は本当にそのとおりだと思う。沈黙できる人はとても賢い人だと思う。


沈黙する能力=相手のことを考えられる能力だと思う。


相手のことを考えられる人は自然と黙ってしまうもの。だから結果的に沈黙力が高いということになる。




黙る=考えていないわけじゃない。行動しないわけじゃない。



黙って頭の中で整理している最中かもしれない。行動を今は起こさないと決めて黙っているのかもしれない。黙るにもいろいろある。


人を見るときは言葉や見かけで判断をするのではなく、行動を見ることが基本だと思う。



黙ろうと決めたのも行動だし、行動を起こさないと決めたのも行動の一つだ。



でもこの沈黙をするという行動はとてもわかりづらい。黙るにはいろいろある、と書いたけど、熟考して「黙る」を選択した者と、何も考えていない何も言えない「黙る」を選択した者では大きく違いがある。

でも黙っているから、どちらなのかわかりづらい。



「黙るという行動を選んでいる」と気づけるかどうかは受信側の能力にかかっている。



どうすれば判断ができるのか?
これは私の考えですが、普段から相手をよく見て、相手をよく知ることだと思う。相手の人柄をよく知っていれば、なぜ黙っているかがわかる。どちらの種類の「黙る」なのかもわかる。



そしてこちらも同じように黙ること。

相手が次の行動を起こすまで黙って見ていて、それから判断すればいい。



でも現代人は「黙る」ことに慣れていない。繋がりすぎているからだと思う。


黙られると不安になるし、黙っていてはいけないと思ってしまう。



SNSという気軽に皆が発言できる場所で自分への自信のなさ、ヒステリックな正義感などから責任をとらない発言を書きこむ。



不安になりすぎて、早く知りたいと相手にたいして答えを求める。求めるがあまり、沈黙者に対して、意思がないだの、行動を起こさないだの、まるで黙っていることが罪のように相手を責めがちになることがある。



沈黙者は「黙る」という行動を起こしているが身体が動いていないので行動を起こしていないと勘違いされる。本当は行動が見えていないのは受信側の人間なのに。



沈黙者と接した時に「黙っていることが意思や行動だという選択肢がある」と受信者側が気づけるかどうかはとても大切だと思う。


選択肢に気づけない時、黙ることは意見がない行動しない人間のように思えるのだ。



選択肢に気づけたら沈黙者を責める言葉は出てこない。


なぜなら「なぜ黙っているのか」と相手の立場や事情を考えることができるからだ。




そうなると、自然と受信側も相手を責めることはせず「黙る」ことになる。



沈黙者への理解で受信者は「黙ること」を覚えていくのだと思う。


自分が発言するときに考えるようになるので「黙る」機会が増える。受信者だった自分が「沈黙者」となる。




黙ることが出来る人は黙る人を理解出来る人ということです。

沈黙力が高い人=受信能力が高い人ということです。


ということは、沈黙力が低い人間=受信能力が低い、ということになるが、あながち間違っていないと私は思う。



沈黙力が高い人は「視野が広い人」でもあり、「相手の立場を考えられる人」でもあり、「行動をちゃんと見れる人」でもあり、「自分の意見に責任を持てる人」でもあり、「思慮深い人」なのだと思う。



だから「金」でもあるし、「賢者」なんですよ、きっとね。







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