自分のルーツや子育てを考える。

こんにちは。ひかるです(^^)


FB上でこのような記事が流れてきました。

「人生を後悔しないための3つの大事なこと」の話。

最近「私の母は周りにいる母とちょっと違う気がする」と思い始めていて、そこから自分がどのようにして今の自分になったのか、どのように育ってきたかを考えることが多くなりました。


私が今の自分になったのは経験を積んだことが大きいと思っていたのですが、ブログを書くようになってから、たまに過去を思い出したり、母や友人からの証言、思考を整理しますと小さいころからあまり変わっていないことに気づきました。

自分で選択することは当たり前で生きてきたなぁ、と。


記事に出てくる親は「自分で決めなさい」と子供に選択をさせる教育をされていたようですが、私の母は「自分で決めなさい」という言葉すらなく(決めなさいという強制すらない)、はたから見ると完全放置の世界ですが私自身は放置されたと思っておらず、全ては自分で決めるのが当たり前だと思って生きてきました。

宿題をしろ、進路はどうするのか、習い事なにをするのか、お小遣いで何を購入するのか、ちょっとしたことでもアドバイスや注意すらありませんでした。

ひとつだけ条件つきで「茶道は3年やってほしい。絶対役にたつから。」

それくらいですかね。普段言わない母が「やりなさい」というのだからと嫌々やりましたが。

今では本当にやっていて良かったと感謝しています。

進路、就職、結婚、家を購入、離婚、その後今に至るまで、全て事後報告に近いです。

さすがに離婚は泥沼化して実家に帰ったときにご迷惑をおかけするので報告はしましたけど、それ以外は何もあせる母はいつも見ているだけ。「こうしたら?ああしたら?」一度も聞いたことありません。

母から「昔からとっても手間がかからない子で察しのいい子だった」と言われたことがありました。

覚えているのは小さい頃に電車がすいていたので、靴を履いたままシートに上がり、足をブラブラさせていましたら、隣のオジサンが激怒しまして、その激怒っぷりは今思い出しても怒り過ぎなんじゃないと突っ込みを入れたくなるほどハンパなかったのを覚えています。

母はその人に何度も何度も頭を下げて謝っていました。でもその後、母は私に対して怒りませんでした。

私もその母の謝っている姿を見て「靴を履いてシートに上がり、足をバタバタさせると母が怒られてしまうのだ。悪いことをしているのだ」と思い、二度とやることはしませんでした。

「周りの態度や表情を見て勝手に学ぶ」ところがありまして、母には怒られたことがありません。

きっと私が「すぐに察して、次回から直す子」だとわかっているから怒らなかったのでは、、、と思っています。


でも母が大激怒したことが1度だけあります。

私はすでに小5の時からこの職業につくことが夢でしたから、義務教育が終わったら美術を勉強しようと思っていました。普通科に行くか or 美術校に行くか、という選択するときに志望校の倍率が確か50倍以上だったような気がします。

自分は勉強もできないし、受かるかどうかもわからない。不安で怖くて迷っていた。



普通科にしようかな、、、」とボソっと言いましたら、母が大激怒しました。


「やりたいことを諦めて、不安だからといってあなたは逃げるのか!(怒)」たった一言だけ、怒鳴られた。


怒られたことがなかったのでそれはそれはビックリしました叫び

きっと母も全部自分で決めてきた私が初めて迷ったこと、弱音を吐いたことにビックリしたのかもしれません。


今までの記憶をたどっても、小さい頃から自分に必要な情報も自分で集めたし、お金も義務教育以外は出世払いで全て返金。結婚などでも援助されたことはありません。

小さい頃から自分の関わるものは全て自分で決断し、自分で賄うのが当たり前だと思っていました。

その話を周りに話す機会が多々ありまして、「それってなかなかできないよね」と言われることも多く、それまでは考えたこともなかったけれど、確かに子供に対して心配をして口を出してしまったり、援助したくなったりしますよね。

我が子を信頼していないと「見守る」ことはできませんよね。
それが実は一番難しいことなのかもしれない。


教育とは正解はなく、その子の性格や気質に合ったものを選んであげるのが一番いいのではないか?と思うようになりました。

放置をされて寂しがりグレちゃう子もいれば、私のように放置を利用して自分の好きな時間を楽しむ子もいる。


注意をしないとわからない子もいれば、私のように注意をしなくても察して直してしまう子もいて、そういう子には注意することは逆効果だったり(勉強を今からやろうと思っていたのに「やりなさい!」と言われてやる気をそぐのと一緒)

その子に合った育て方が一番いいのではないかな〜と思ったりする。

かまってあげる、かまってあげない、というのは行動ではなく、精神的なものではないかと思っています。

うちは小さい頃に両親が離婚して、母親が稼ぎにいく、夜5時までは児童館に通い、それ以降は夜9時や10時までは当たり前のように独りでした。夕食だって500円を渡されてホカ弁を独りで食べてそだったようなものです。母の味、わかりません(笑)

おでかけするのは面会交渉で父の役目でしたから、母とは遊園地や一緒に遊んだ記憶はほぼありません。

生活環境でいえば、本当だったらグレてもおかしくないし、周りからもよくグレなかったねと言われる。

私もよくグレなかったなぁと思う。

でもそれが実は私の性格に合っていたのかもしれないと思ったりする。


母がいない時間は自由時間で色々なものに挑戦してこれた。
朝ごはんは母が作った決められた食事だったけど、夜は与えられたお金で何を食べるか好きに選べて、どうやって効率よくお金をためてお菓子を買えるか(笑)とか、とにかくその状況を楽しめる子なのだと母も思ったのかもしれない。


やりたいことをやる性格なのは小さいころのこの環境があってこそ身に付いたものだと思う。
母に「あれやれ、これやれ」と言われていたら、自分の好きなこともできなかったし、母が家にいる時間が少なかったから小さい頃から料理をしたり、自分でなるべくできるようにならなければいけなかった。

でもそれがあったから、自己管理がしっかりできていて独立できたのかもしれない。

自分のことで忙しく、周りの子と比較することもなかった。
貧乏だったけど気にしたことないし、周りの家庭ではおでかけしていてうらやましいとかも思ったことさえない。今考えると本当に子供の頃から全てを受け入れて「今を生きていた」と思う。


私のために稼いでくれている母はけっして放置しているわけではなく、私たちが生き抜くために働いているのだと小さくても感じ取っていたし、父の悪口も聞いたこともなく嫌がらずに会わせてくれるってことにやっぱり何かしら母の想いを感じ取っていたのだと思う。

褒めるときはわたしにではなく第三者に話す。

家庭訪問の時に「うちの子は問題ありますか?」と一言聞いて「問題ありません」と言ったら、母が「じゃぁもう聞くことありません」と立ち上がり、隣の部屋から私が作った漫画や絵などを持ってきて「先生、うちの子すごいでしょ〜!自分でお金を出して、封筒や便箋や本まで作っちゃったんです♪」と自分の娘の凄さを延々と聞かされたと先生に言われて「お前のお母さん変わってるな(笑)」と言われたのを思い出します。

普段は家にいないからあまり話すこともなかったけど、娘の才能を応援している母というのがいつも感じられた。そして、絶大な信頼をしてくれていた。その形が「放置」だったのだと思う。

母は私をちゃんと見ていた。

ひかるはどのような子か。

怒らなくても学ぶ子だと知っていた。

放置していても自分で楽しんでいることを知っていた。

だから安心して放置できた。


そして私も母をちゃんと見ていた。

私の才能を認め、応援してくれている。

きっと、どちらかが「見ていない」と通じ合えないんだと思う。


みんな環境のせいにしがちだけど、結局は「母と子が通じ合っているか」が一番大切なのではないだろうか。子供をよく見ることというのは、そういうことではなかろうか。



最近そんな気がしております。

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