無知の知〜自分が無知であることを知る〜

こんばんは。ひかるです(^ ^)


私の好きな言葉の一つに無知の知(不知の知)」というものがあります。

辞書ではこんな感じで書いてあります。

「無知であるということを知っているという時点で、相手より優れていると考えること。また同時に真の知への探求は、まず自分が無知であることを知ることから始まるということ。」



この「無知の知」はソクラテスの弁明に出てくるものです。
簡単な説明はコチラ。
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ソクラテス神託を授かります。「ソクラテスより知恵のあるものはいない」というものでした。
ソクラテスは「俺が一番知恵ものであるわけがない」と自分よりも知恵があると思われる人を探し出し訪れます。

政治家、詩人、職人たちのところへ行きましたが結果はいつも同じでした。何かしら優れた点がある場合でも、それは知識があるという自惚れで帳消しになったのです。


人間にとって本当に大切だと思われる「真・善・美」や「徳」を持っていないにも関わらず知ったかぶりをして話していたのです。

 

ソクラテスは何も知らないが、何も知らないことを知っています。一方、彼らはほとんど何も知らないのに、全てを知っていると思い込んでいるのでした。

 


その点で知らないことを知っていると気づいているソクラテスは彼らよりも自分は智慧の上で優れていると考えました。

そこでソクラテスは「無知の知」を自覚します。

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周りより突出していると勘違いをして天狗になりがちだが、実は「たいして知ってはいない」「たいした人間ではない」と自覚しなさい。そして、さらに探究しなさい。それが大切なんだよ。


自分はたいした人間ではないと気づいている分だけ、気づいていない人よりはマシだ。ってところでしょうか。

読んでおわかりいただけると思いますが、この無知の「知」の部分は【知識】ではなく【知恵】の「知」なんですね。パッと見、辞書だけの説明を見ると知識と間違えそうです。

色々な解釈があるようですけれど、こういうものは自分なりの答えでいいかなと思ってます。


それこそ、哲学っぽいというか。歳もとれば答えも変わっていくと思うし、哲学って生涯をかけて考えていくものですから(笑)


さらに深く考えた私の解釈はこうです。


高い知識があっても使い方を間違えてしまえば意味がない。徳や真・美・善に使う知恵を持ちなさい。本質を見抜く智慧を持ちなさい。

ソクラテスは倫理や徳を追求する哲学者だったようですから、このようなことを伝えたいのかなと思いました。(本人に聞いてないので勝手な想像ですが^^;)

「何も知らないことを知っている者」はとても謙虚であり、勤勉であり、努力家であり、情熱を持ち続ける人です。

「何も知らないことを知っている者」は「何を知らないかを知っている者」であり、「何を学べばよいかを知っている者」です。物事を見抜く力(智慧)がある人です。


わたくし、この「無知の知」という言葉がもっと広まって理解してほしいと思っています。


自分が無知であることを知っている人は他人について簡単に批判や悪口や不満なんて言いません。それらを口に出す行為はしません。


何も知りもしないのに噂話や情報に振り回され確認もせず、他人についてあれこれ論ずることは自分が無知な人間だと自覚していない証拠なのです。


ソクラテスは「自分が一番であるはずがない」と神の言葉さえも疑い、しっかりと事実確認するために自ら情報をかき集め、知恵人を探して訪れました。

真実はどうなのか、この目でハッキリと確認しなければいけないと思ったわけです。

本当に知恵のある者というのはそういう人ではないでしょうか。

わたくしもこのような人間になりたいと思い、日々精進していきたいと思います。



皆さんは好きな言葉ありますでしょうか?

好きな言葉は三つあるのですが、他の二つはまた今度ご紹介したいと思います