安西光(ぴかりん)のブログ【きらきらひかる】

-自律の光で心を照らす-安西光のブログ

誰にでも「いい人」は「特別な人」にはなれない

こんにちは。ひかるです(^^)



誰にでも「いい人」というのは「特別な人」にはなれないというお話。最近こういう話をする機会が多いです。

いい人は「いてもいい人」、言い方を換えれば「いなくてもいい人」、さらに言い方を換えれば「どうでもいい人」なのだ。


いつまでたっても「大好きな人、大切な人、特別な人」にはなれないと思う。


周りの目を気にして敵を作らないように生きていくと表面的には「いい人」と思われ、トラブルなく暮らしていけるかもしれない。


でも、これっぽっちも魅力を感じない。


好きがあるから嫌いがある。嫌いがあるから好きがある」んです。


「嫌いなものはない。作らないようにしてる」ってすごく不自然に感じるんです。人間だから好き嫌いは絶対にあると思う。


もちろんお互いの違いを受け入れるのは必要です。でも、「わざわざ全ての人と仲良くし、同じ世界で生きる必要はないのでは?」と思う。色々な世界を行ったり来たりしてよく疲れないな、と思う。


それにね、やっぱり隠してるつもりでも本音は出ちゃうんです。随分仲良くしてそうなのに裏ではあまり好きじゃないようなことを言ってたりすると「誰にでもそうなんだろうな」と思ってしまう。


わかった時点で自分もされるだろうと思い、それ以上近づきたくない。


本心からみんなと平等に付き合い、それぞれの良さを受け入れたいと言うのであれば、そういった態度は誰にも見せてはいけないと思う。不満言ってる時点で好き嫌いあるし、逆に信用を失うよ。


それに案外利用されてしまうのかなって思うのです。
相手のことも表面的な態度や言葉で判断し、見抜く力がちっとも養われない。



自分をさらけ出して、痛い目にあったり、嬉しいことがあったり、色々な体験をするからこそ物事を見抜く力が身につくのだと思う。


現状はトラブルは少ないかもしれないけど、かなり損をしている人生を送ってるなと思う。



大好きな人もいない、自分も大好きな人になれないんですよ…それでいいの?って思う。


だからといって自分の人生ではないし、誰も口出しはしないよね。自分で気づくしかないんです。



表面的にみんなに合わせてうまくやっていこうって本当の優しさでもなんでもないのですよ。


相手のことを思ったら、時には厳しいことも言わないといけないし、突き放さないといけない時だってあるんです。それが本当の優しさなんです。


そして、厳しくしたことで離れていくような人ならその程度だなと思って追いません。価値観が違うのだから、別々の世界でお互いに幸せに暮らしていければいいねって思う。


「どうでもいい人」になるか、「特別な人」になるか。



どちらになりたいでしょうか。