「なんとかなる」の使い方。

私は「人生なんて、なんとかなる派」だ。
有難いことになんとかなっちゃってる人生を送っている。


人生において「なんとかしなきゃいけない」って状況はそう多くないと思う。
私は38年生きてきて、今までに2度ありました。



本当の「なんとかなる」って生死が関わる状況にいるとか、精神は死んでいるけど身体は元気に生きてるとか、底辺まで落ちて闇を彷徨っていたが復活できたことだと思っていて、そんなことって人生のうち1回、2回あればいいほうかなって思う。


よく相談とかで他人に対して軽々しく「なんとかなるよ」と慰める人がおりますが、こういうの聞いてて思うんです。「この人は本当の「なんとかなる」の重さ、わかってる?」って。


本当の「なんとかしないといけない状況」というのは、莫大なエネルギーが必要です。

なんとかするために自分の最大限の力を尽くし、それ以外の見えない力も働いて、なんとか乗り越えられた!それが「なんとかなった」ってやつです。



人事を尽くして天命を待つ



もうそれ以外に手立てがない!自分が出来ることはすべてやり尽くしました!神さまお願い、そんな私に力貸してください!という極限の状態です。

普通に生活できて「私悩んじゃうわ〜」どころの話じゃない。


そんな状態を1度でも経験した人間はその「なんとかしないといけない」状態がどれほど辛くて、苦しいものかを良く知っています。

それに自分がなんとかなったのは「自分がなんとかしたから(見えない力も味方してくれていることを含めて)」であり、他人がどれだけ力を尽くすか、神様が助けてくれるかなんてわかりっこないんです。


そんなわかりっこないことについて、心ある人は無責任なことを発言しないと思うのです。


自分のことについては「なんとかなるし、なんとかしてきた」から「いや〜、なんとかなるからね!!(自分の人生はね!)」と私だって言いますよ。


でも、他人の相談について「なんとかなる」なんて軽々しくいえないし、もしその言葉をいうのであれば相手も「なんとかなる」の意味をわかっている人間であると見極めてから話をします。


自分のことじゃないし、相手が真剣であればあるほど「なんとかなる」なんて言葉で片付けるのではなく、どうしたらいいかを一緒に考えたり、ちゃんと意見を言います。


同調程度の「なんとかなるよ」を軽々しく使っている人とか見ると「さほど貴方には興味はないし、心配もしていないので適当に言っている」か「小さい悩み程度で「なんとかなったわ〜」と思っていて本当の「なんとかなる」を知らない奴」なんだなって思ってしまいます。


なんとかなったのは自分がなんとかしたからであって、他人がなんとかなるとは限らない。


軽々しく言う人を信用に値する人物かどうかを見極めるべし。


「なんとかなる」について考えた日なのでした〜