悩んでいる時間は楽しむべき素敵な時間

悩みがないことが悩みだ。

いや、悩みがないことすら悩んでいなかった。どちらなのかわからない。

解決できない悩みは今は忘れて生きている。時が経つほど私は成長し、今考えたところで決断の「その時」には答えが違うはずだ。その時に考えれば良し。

だから悩みはないようなものだ。過去形である。

最近、程度にもよるが、悪意がなくても、失礼な態度で接してくる人間にとてもイライラする。
1、2回ならまだ良い。人にはその日の気分というものがあるのもわかっているので理解できる。でも何度も何度も恥ずかしくないのかと心配してしまうくらいの人をたまに見かける。

自分の考え方を押しつけはしないので基本口出ししないし、相性もあるのでつり合った人間と付き合えばよし!の考え方だから「あかん…閉店ガラガラ(。-_-。)」である。

自分の成長のためには「魂のレベル」が自分と同等かそれ以上の人としか付き合わないと決めている。レベルが低い人と付き合うと「確実に」自分の魂のレベルを下げるからだ。類友の法則だ。

「選別」する作業は人生において、とても大事な作業だと思っているが最近は気がつきすぎて選別しすぎる自分に悩んでいる。面白いのが内面が成長するほどイライラする。今まで気づかなかったものが気づくようになってしまうからだ。

でも「経験数だ。年齢ではない」「合う合わないだけだ、善悪はない」「正しいものはない」と冷静な自分が語りかけてくる。
「自分が正しい」「普通は〜こうだ」という気持ちがあり、自分にも悪魔が確実に存在していることを認識する。それを感じて、まだまだ甘ちゃんだなと思って反省する。

気づけているだけマシ、こうやって私はこんな人間ですと素直に言える自分は救われていると思う自分もいる。

その複雑な感情すらなくなってしまったら人間ではないし、面白くないことも知っている。

物事の本質も理解しようと努めていても、感情に振り回される。
つかもうと手を伸ばしてもなかなかつかめない。でも、つかめてしまったら面白くないこともわかっているのに手に入れようとする。

人間って面白い。
悩みは人間にとって、もっとも楽しむべき時間の1つだ。

上記の悩みは人間としては当たり前の現象を、悩んでいる自分に「そんなの悩みじゃないわ〜!笑」と声に出して自分を突っ込む姿がまた可笑しくて笑ってしまう。


悩んでいても今日も平和だ(^ ^)
GWに笑っていたら悩みだったのかすら忘れてしまった(笑)