ドラゴンボールが教えてくれること

子供の頃にハマッていたドラゴンボール。
地上波で映画「神vs神」が放映したので久しぶりにアニメを観ました。

子供の頃には気がつかなかったことが大人になってから色々気づくことがたくさんある。改めて思うことはドラゴンボールって実はとっても深い作品だということ。感じたことを書き留めたいと思います。


①世の中、色々なやつがいる
同じ世界に「動物型の人」や「別の惑星人」や「人造人間」や「血の色さえも違う」人間が存在し、共存し暮らしている。地球だけには留まらず、銀河を超えて、天国や地獄などありとあらゆる場所にはそれぞれの環境と人が存在することを教えてくれる。


②悪にも質がある
親が魔族でとても悪いやつだったその子供ピッコロ(マジュニア)は最初は復讐に燃え敵対していたが今ではすっかり良い人だ。蛙の子は蛙ではないと教えてくれる。「魔族=悪い」でもなく、「親が悪い=子も悪い」わけではない。ある意味、偏見を与えると「悪くなるしかない」という状況においやるのではないかと思う。

プライドの高いべジータも戦闘民族なので「戦いが好きだから闘う、殺戮が好き」という感じ(それを悪と呼んでいいのかはわからないが)べジータの寂しさに理解をしめしたブルマに出会い、妻子を持ち、素直になれないので基本わるぶってはいるが良い人になりつつある。

それに比べてフリーザは冷酷非道だし、セルや魔人ブウなど、どのキャラも「悪の質」が違っていて「世の中には悪の理由と質が違い、色々なタイプが存在するのだ」ということを教えてくれている。


③希望にも種類がある
初期の頃のドラゴンボールを探し願いをかなえるというストーリーが主軸だったときは「冒険をして困難に打ち勝ち、ボールを7つ集めた時にやっと一つの願いを叶えられる」希望だった。ロマンあふれる希望。

途中から悪いやつが数多く登場し始め、地球の危機に立ち向かい地球や仲間を守るといった希望に移り変わった気がする。

文字にするとおなじ「希望」だが意味合いが大きくちがうのではないかと感じた。


④上には上がいる
新たな敵が現れるたびに「上には上がいる」ことを教えてくれる。
その度に相手が強いことを認め、ワクワクしながらそれに追いつこうとする純粋な悟空をみると健全で心が洗われる。
相手を認めず、足をひっぱり、蹴落として、相手を下げて自分を上げようとする(実際には相手をさげているだけなので自分は上がっていないのだが)悲しいけれど社会にはこういう人間がたくさん存在しているからだ。


⑤新たなプライドを受け入れるために今までのプライドを捨て去る必要性がある
プライドうんぬんの台詞がたまに出てくるが今回の映画はプライドの意味を考えさせる作品でもあった。べジータも王子であるプライドを捨て、得たものがたくさんあるし、今回の映画では悟空も地球を守るためにとある不満を受け入れ、プライドを捨て去った。

「新たなるプライドを受け入れるためには今までのプライドを捨て去る」必要があり、それはまた別の見方をするならば「プライドを捨てると新たなプライドが生まれるの」ではないだろうか。


⑥魅力を持っている人間には周りをも変える力がある
敵と戦い、倒して終わりではない。悟空との戦いを通して、悪であったキャラがみんな仲間になっていっていることだ。悟空の純粋さ、おおらかさ、楽しんでいる姿、正義感や仲間を思う気持ち、みんなどこかに魅力を感じて心に響き、仲間になっていっている。

そこでちゃんとしてるなと思うのは全員が仲間になるわけではないというところだ。
フリーザが典型的な例で「合わないやつは合わない」し、「わからないやつにはわからない」のだ。

最近良く思うことは関わる人間によって自分の人生が左右されることを心から感じている。それは自分の意思によって選択できる。だから人との出会いを生かすか殺すかは自分の責任である。


⑦本当の仲間とはこういうものではないかを示している
悟空を中心としてタイプの違うキャラが仲間になっているがみんな大変仲が良く、信頼し合えている。共通で言えることは「自分の意志でしたいことをしている」ように見える。

悟空も合わせようなんてこれっぽっちも思ってないし、ピッコロやべジータは悟空の良いところは認めてはいるが、自分なりの意見を崩してはいないというところだ。

本当に仲間になるということはそこが大事だと思う。

違いを受け入れ、自分をしっかりと持つ

キャラがみんな自立しているからこそ、危機に陥った時はそれぞれの弱点をカバーしあったり、力を合わせて立ち向かうことができるのだ。普段は一見バラバラに見えるが「自分を認め自分を知っている人」ほど周囲に目を配らせ、相手を観察している余裕がある。いざという時の団結力が高いと私は思っている。


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映画を観ていてパッと思いついたものでこれだけ出てきた(笑)
しかもちょうど7個。ドラゴンボールと一緒ですw


子供の頃は何も考えず面白いから読んでいるだけのような気がしていたが大人になっても意外とキャラクターの個性やストーリーは忘れない。大人になってふとした瞬間に思い返して「あの作品のあの言葉はすごい言葉だったな」とか良く思ったりするし、アニメのシーンに感動して色々な感情が蘇ることもある。


ちなみに最近みたアニメで面白かったのは「トリコ」。
美食家達が幻の食材を探し回ってバトルする作品(ドラゴンボールに食材をくっつけたような作品)なのだが、必ず食材にたいして「この世の全ての食材に感謝をこめて、いただきます!」という言葉を毎回言うのです。今の子供たちはきっと意味は軽くにしか捉えていないだろうけど、大人になってからその意味の重要性を気づけるのではと思って、とても良い作品だと思っています。


難しい本の読書もいいけど、漫画もアニメもドラマもどれも本当に良いものだなと思います。漫画やアニメを見過ぎてはバカになる的なことも言う人がおりましたが私はそうは思いません。


結局は受信能力次第だと思うのです。
難しい本を読んだところで読んでる人に想像力がなく、受け取らなければ役にたちません。
逆に受信能力がある人が読めば、どんな本であろうと何かしらに価値を見いだし、繋げて考えることができます。


どんなものにでも感受性豊かに反応できるか、それが大切な気がします。