知恵と智慧〜伝えることの難しさ〜

日本語を扱うのは本当に難しい。

先日、私はとある方に「智慧のあるお方ですね」と言いました。
でも相手方はたぶん「知恵」だと思って会話をしていた。

後から考えると私は良く「智慧」と使うのですが一般的には「知恵」に変換されるだろうなと気がついた。あぁ、智慧っていうべきじゃなく、もっとわかりやすく言えば良かったなと反省した。

どちらも悪い意味合いではないのでそこまで気にする必要はないかもしれない。

でも私は相手に対して「知恵」があると感じたわけではない。
「智慧」がある方だと感じた。かなり大きく意味合いが違う。

相手はきっと私から「こう見みられているのだな」と思う。
「知恵」に対してのイメージも各個人かなり違うだろう。「自分は知恵なんてないのに、私を良く見ていないな〜」「人のこと良く評価しすぎ!」って思う場合もあるかもしれない。

実際私もとんちんかんなことを言われると「この人私のこと何も見てないな〜」と思うことがある。
会ったばかりは仕方ないと思いたいけど、実際初回でちゃんとわかる人もいるし、何回会ってもわからない人もいる。個人的にはこれは回数の問題ではなく、「ちゃんとその人も見ているか、感じているか」だと思っている。

「私はあなたのことをちゃんと見ている」
「私はちゃんと見られている」

お互いに感じあえた時に信頼関係って深まるものだと思っているので、相手に「自分はあなたのことを見ていますよ」と正確に伝えられないと間違うと恐ろしい結果になる時もある。

途切れた時にはそれも「縁」だと思うことも簡単かもしれないが「縁を紡ぐ」努力することは必要だと個人的には感じている。

伝えるって難しい。難しいからこそ、より丁寧に扱うべきだと再認識したのでした。